命に優劣はあるのでしょうか 08月 29th, 2008

    命に優劣はあるのでしょうか?

    飼っている犬や猫に暴力をふるったり、殺したりすれば動物虐待
    蚊や蝿を殺しても何の咎めもありません。
    交通事故を起こして人一人の命を奪ってしまったら犯罪者
    戦争だと敵国の人々を何人殺そうが許されます。
    命の重さは重いのでしょうか?軽いのでしょうか?



14 Responses to “命に優劣はあるのでしょうか”

  1. potetom4 Says:

    要するに、「命の価値」なんてのも、単なる人間の思い込みなんだと思います。

  2. a29100002110 Says:

    今、生きている命は重く、死んだ者の命は軽い。そう思いません?命の重さなんて、生きている者の戯言にすぎないのです。そうならないように命が平等という建前が必要なのです。

  3. ratsrebyc Says:

    優劣はないと思います。無いが故に、犬を殺す事も、蚊を殺す事も、猫を殺す事も、蠅を殺す事もできます。あるとすれば、“命の殺しにくさ”でしょうか。しかし、その“命の殺しにくさ”というのが、人間にとっては、物理的な要因ばかりではなくなってくると思われます。つまり、巨大な木を、斧一本で切り倒す事ができても、家で飼っているハムスター一匹殺せない。何故なら心が、「殺したくない」と叫ぶからです。「殺したくない」という心情が、足の裏に踏み付けて体重を掛ければ2秒も掛けずに殺せてしまうはずの、儚いハムスターの命を、殺しにくくしているのだと思います。法律の視点に立つのであれば、法律にはおそらく、命が無い様な気がします。法律にあるのは、人命、人体、所有物、客観的希少価値などだと思います。それらは日常に使われる“命”という言葉とは、あまりにも掛け離れた意味だと思います。日常的に使われる“命”というのは、人の即時的な感情が造り出す言葉だと思います。それ故に、持続しなければならない法律には使用できない言葉であり、しかし、法律によって瞬間的に何かを裁く、裁判官の良心の中にはあるかもしれません。問題は、自分が何を「殺しにくい」と思うかだと思います。心のない存在であれば、全ての物は平等に、殺す事ができる相手として認識し、いざ、相手を殺そうと挑むのであれば、そこで問題になるのは、相手の物理的な“殺しにくさ”だけになるでしょう。犬を殺したり、猫を殺したりする好意が好まれないのは、人間の多数が、犬や猫を「殺したくない」と思っているからだと思います。犬を殺したり、猫を殺したりする事が責められるのは、犬や猫を殺したからではなく、多数の人間の心情を汲む(心情に沿う)事ができなかったから、だと思います。人間も生き物。理性のを支える感情。公共集団の力が作る倫理感。そんな風に考えた回答です。偏った意見かもしれません。間違いは自分の目で見抜いて下さい。責任は負いかねます。素人意見です。あしからず

  4. ratsrebyc Says:

    あなたの問いは、「命に優劣はありますよね?」っていう確認ですよね。その理不尽さに疑問を抱いていると。人間の歴史上、命に優劣がない社会は一度も実現していません。すべては、「仲間」の範囲で決定されます。誰よりも、自分を含めた家族の命が、何よりも大切に感じるというのは自然感情です。それが都市国家ができると、共同生活をするための「仲間」が増えます。「仲間」の命を大切にすることも、自然感情的に生まれます。そして、ここで生まれるのが「仲間のために、仲間でないものを殺せ」というルールです。それが自分たちを守るために必要なルールでした。人間の社会は、そうやって出来ています。「なぜ人を殺してはいけないのか?」という問いが流行った時期もありましたが、「人を殺してはいけない」社会は、歴史上存在したことがない、というのが決定的な答えでした。質問に答えるならば、「仲間」の命は重く、「仲間」ではない者の命は、相対的に軽い、ということです。

  5. fine_and_fast Says:

    「命の重さ」を判断する基準は、主に2つあります。1つは、万人に共通である(はずの)法律。もう1つは、人によってバラバラの宗教や価値観。法律によれば、人の命と愛護動物と虫ケラの命は、同じではありません。大腸菌たち百万匹の命よりも、人間1人の命のほうが重いのです。宗教や価値観の話をされるのであれば、ご自身の信じたいことを信じてください。

  6. project_n_x Says:

    あなたは、犬や猫を殺しても、虫を殺すのと同じ程度しか、心が痛まないのでしょうか? だとしたら異常ですね。 こういう問題は卓上の理論で解決できる事ではありません。 全ての事が、理屈だけで説明できるものではないはずです。 あえて言うと、動物には意識があり、犬や猫は飼い主を信じてくれる存在です。信じた相手から殺される事は、どんなに、苦しいか考えてみてください。

  7. fine_and_fast Says:

    自然界に罪は無く?何をやっても許されます??この法則に反しているのが人間界です??どんな理不尽なことも自然界からしたら当たり前のこと??こういうことは人として?あまり言いたくなかったが??

  8. ratsrebyc Says:

    命には負うべき責任として重さに違いがあります。ウンコの中にはたくさんの大腸菌が生きています。人の命は敵だろうが味方だろうが同じ重さですが、状況により殺すことも殺されることもあります。敵であっても戦闘員以外を虐殺すれば、国際法上の犯罪者です。

  9. swsnosige Says:

    命に優劣はないですが、あなたと相手との親密度での差は必ず出てきてしまいます。そこが判断基準になっている以上、その判断だけで命を奪う奪わないが決められないよう、命の大切さを揺るがない土台として構築しておく為に、あえて命の大切さをを言っていく事が必要なんだと思います。

  10. kisawaka0227 Says:

    高等生物であろうが下等な単細胞生命体であろうが生命の1個体であることにおいては平等だと考えます。今ある優劣はニンゲンが作り出した社会の枠組みの中で生み出されたものであって,ニンゲンに益をもたらす生命は保護される傾向にありますね。虫ですら「益虫」「害虫」と分けています。すべての生命においての優劣は現在のところ,ニンゲンにとって益か害か,という部分で計られている気がします(ニンゲン自体も含めて)。

  11. sasakihiroumi Says:

    命の重さは、それを判断する人(文化、宗教)によって変わります。戦争で何百人、何千人を死なせてもいとわない独裁者は、人の命を虫けらのようにしか思ってないでしょうし、逆に虫けら1匹でもペットとして大切にかわいがっている人もいるでしょう。全ての生き物の命を同じで考えると、牛や豚を殺して食べることができなくなるか(ベジタリアンなどそういう主義の人もいます)、あるいは人間も殺して食べることができるようになるかもしれません。特にペット動物の命の価値は、人間次第でゴミ同然から人間と同じまで変わります。

  12. sinkai_misaki Says:

    【タテマエ】倫理的には全ての命が等しく平等。【ホンネ】命の価値は社会的?経済的な価値儀準で決まり、その時々の状況で変わる。人間だろうがハエだろうが、一番大事なのは自分の命。命の価値なんてしょせん相対的なもの。全ての命が等しく平等なはずない。

  13. ratsrebyc Says:

    本来命に軽重はないとおもいますが、優劣の序列はあるのかもしれません。でもその優劣は人間が都合で決めているだけのものでしょう。けれどもどんな生命も自ら生きなければなりませんが、生きるということは他の生命を殺して食べなければならないということです。殺さないという目的で菜食主義に行く人もいるけれど良く考えれば植物だって生命です。「無益な殺生」という日本語がありますが、動物虐待など自分の楽しみや一部の人間の思い上がりで始まる戦争による人殺しはは論外で決してやるべきではありません。命を大切にするということはまず自分の命から大切にすることでしょう。私たちは他の命に感謝して、自分の中で自分の細胞としてその命を生かすと私は考えています。だから食べ物は極力無駄にしないようにしています。今の日本は戦争で人は殺していないけれど、食べ物(生命)を無駄にしすぎているような気がします。

  14. sinkai_misaki Says:

    本当は、命の重さは重い。しかし、一部の指導者や政治家の都合で、非常に軽くなることがある。と思います。

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