人の心を本当に豊かに出来るものとは何だと思いますか 文明は世の中を便利にし… 08月 29th, 2008

    人の心を本当に豊かに出来るものとは何だと思いますか?

    文明は世の中を便利にし明るくして来た筈なのに、人の心はかえって暗くなってきているように思います。
    便利になればなるほど人の心は貧しくなっていきます。

    今日のように文明が発達して何事にもすっかり便利になってきたというのに、人の心はなおも満ち足りていないどころか、どんどん貧しくなってきているように思います。
    例えば、携帯電話の普及と利便さによって人の生活を便利にしている筈なのに、かえって人の心を忙しくしていないでしょうか?
    利便さによって時間を節約している筈なのに、益々忙しくなっていると思います。
    利便化が図れれば時間もゆとりが出来る筈なのに、これは逆効果です。

    この先更に便利になったとしても心の豊かさは望めないように思います。

    では、人の心を満たす事の出来る物とは一体何だと思いますか?

    「信頼」「愛」「友情」「真実」???これらではないかと思いますがいかがでしょうか?

    これら崇高な物を軽んじているのが、こんにちの世の中の仕組みではないかと思うのですが、いかがでしょう?



13 Responses to “人の心を本当に豊かに出来るものとは何だと思いますか 文明は世の中を便利にし…”

  1. ahkww441 Says:

    その通りかと存じます。アダム?スミスに代表される命題で、『市場概念の方が古く、社会概念の方は新しい』を一部の経済学者は今でも唱えています。これは、質問者の言う矛盾に対し、全く太刀打ち出来ません。即ち、この命題は『幸福、不幸』は『在る』と言う前提が基盤だからです。アメリカインディアンは『幸福』、『不幸』と言う言葉を持ちませんでした。(誰がその言葉を教えたかは皆様ご存知かと存じます)この言葉を我々が持った時点で、釈迦や、ナザレのイエスが出現しました。彼らの時代は既に貨幣経済は発達していました。即ち、差別の概念があり、始めて、幸福、不幸の概念が成立するからです。よって、上記命題は明らかに逆です。説明します。我々は1億欲しい、獲得した、5億欲しい、獲得した、10億……キリがありません。又、若い時と、老いを感じる時と『比べ』悲しみます。全ての事象を比べます。そして、何時も、誰も、不幸と感じます。どの様な、宗教でも『足ると言う事を知れ』と教えます。が、それが出来ませんので、宗教が成り立ちます。>便利になればなるほど人の心は貧しくなっていきます。 昔はクーラーなんか、ありませんでした。『平等に』暑さがありました。今は、異なります。そして、不幸感(差別感の拡大現象)は確実に増えつつあります。質問者が仰る通り、文明が発達すればする程。ナチの強制収容所に入れられたV?E?フランクル(精神科医、哲学者)は人間の極限状態を見せ付けられ、『人間の至高の喜び』は3つに分類される説を出しました。①体験価値(その名の通り、感動体験です)②創造価値(創造する事に意義を感じる。結果は2の次)③態度価値(少し、難しくなりますが、アガペー<無私の愛>と捉えます)①②③は、心の様相で、文明とは関係ありません。これを求める限り、不幸感はありません。①②はある程度、体力がいりますが、③はボロボロになってもできます。マザー?テレサの言葉ですが、『私は何時も与えていると思っていました。しかし、胸に手を当てて考えたならば与えられてたのは私でした』と言った所以かと愚考します。

  2. ohohotoufufu Says:

    >「信頼」「愛」「友情」「真実」どれも信じる事によってしか得られない物だと思います。物の便利さは関係ないと思います。ゆとりがあっても、信頼や愛、友情や真実なんて得られないと思います。忙しさの中でも人と関わりますし、ゆとりがあっても、関わるかどうか。崇高だから信じろ、では、もはや通用しなくなってしまったのでしょう。何故なら、頭が良くなったからだと思います。合理的な智恵が付いたからだと思います。未来よりも、見るべきは過去です。過去には未来のヒントがある。そう言う時代だと思います。未来を“見極める”ために、過去を見るのです。未来を“見極め”ようとする試みが、“信じる”という即時的な意志を現れにくくしていると思います。“疑う”とは、脳内に蓄積された過去の情報を引き出す事であり、つまり、現在を見透かしたり、未来を見極めようとする事だと思います。即時的に“信じる”という心地が現れたとしても「いやいや」と文句を付けて、“疑う”のです。合理的に、未来を操作するために。自然に流されるままではいられません。相手が人間なら、尚更に。それが合理主義社会の痛手だと思います。仕方のない事だと思います。もう智恵を捨てる事はできないと思いますが故。崇高な物を軽んじているという事は、ないと思います。ただ、得にくくなっている。自分のせいで。悪循環と言えばそうでしょうが、過去に戻るのは難しいでしょう。これほどに、良い“未来”を目指していたのだから。悪い事ばかりじゃないでしょう、今も。なかなかに。素人意見、あしからず

  3. a29100002110 Says:

    大衆的な利便性と合理性が夫々個人のアイデンティティに則した幸福感とマッチするとは思えません。それを分かることが最初の一歩じゃないですかね。俗世間では、本質と似ている要素が多くあるのではないでしょうか。集団の中で感化されない自分を自分なりの手段で維持していくことで自分の幸福がみえてくるのではないのですか。俗世間から開放される手段はよく芸術であると謳われています。

  4. a29100002110 Says:

    人の心を豊かにするものは「歌」だと思います

  5. aron_no_souzokuchi Says:

    この物質世界においては金でしょうね。

  6. makabonten Says:

    「信頼」の裏切りに怯え、「愛」の束縛や責任の重圧にストレスを感じ、「友情」の維持のために心労し、顔色を伺い、「真実」を探すことに時間を徒労に用いる。それら四つを絶対視しては豊かになる心も豊かにならないでしょうね。人の心を豊かにできるものは何ものにもとらわれない心そのものであり続けることですね。崇高なものは必ずしも崇高ではない。崇高なものにとらわれてしまっったところでその崇高さは、崇高でなくなる。自分の心を縛るものになる。今日の世の仕組みはあなたのおっしゃるようにくだらないものです。ですが、むしろ、あなたのおっしゃる崇高なもののみに、崇高さを求めているのが、今の社会そのものの価値観だと思います。価値観が単一化しているのが現状です。その人の心が豊かである証拠というものは、その人の心が、多様性に富んだ考え方を持ち、多様性に富んだ価値観をわきまえている、というその人の精神の中に見いだすことができるでしょう。

  7. kyotoxx81 Says:

    この質問は「最初に答えありき」ではないですか?「はい、その通り、質問者様のおっしゃることがすべて正しい」とでも回答して欲しいのですか?今現在でも沢山の人々が「心豊かに」生活しています犯罪の発生率、凶悪犯罪の件数も2007年が戦後最小を記録しています日本に限っていけば年々人々の心が豊かになっている証明でしょう忙しい人は「忙しい自分」を感じることで心が満たされる…と考えればそれほどこの世の中、悪いものでもないと思いますけどね

  8. ioioioiooioioioitoytoyitoyioioi Says:

    「思想」だと思います。あなたもおっしゃっているように、信頼?愛?友情?真実を軽んじている「思想」に問題があります。金銭主義?物質主義?科学万能主義。目に見えるもの、見えるかたち、数字で表せれるものしか評価されない。愛も友情も金銀財宝もご馳走も昔からあるものです。これだけのものを適正に活かせば、人はいつでも幸せになれると思います。しかし、それが出来ないのは、それらを正当な価値で評価する「思想」を持ち合わせていないからです。愛とお金とどちらが大切か。思想の裏付けを得て、これについて胸を張って語れる人は、意外と少ないものです。「人を殺してはいけない」。これについても、突き詰めていくと多くの人は思想として説明出来なくなります。偶然誕生した生命なのに?どうせいつかは死ぬのに?宇宙から見ればチリほどの存在にも遠く及ばない存在なのに?いつかは大陽と共に地球ごと消滅するのに?最後は、良く解らんけれどとにかく人を殺すのは良くない。で終わります。それはそれでも結構なのですが、やはり、このような問題について筋道を通して説明出来る「思想」が必要です。現在、これらの思想は、点や線としては存在していますが、面として社会に広まっていません。このような数々の思想が時間をかけて社会に広まっていけば、やがて物質の時代から精神の時代へと向かいはじめると思います。いずれにしてもまだまだ時間が必要なようですが。

  9. ahkww441 Says:

    本来は文明の利器の進化が文化の崇高さに比例するという概念をもちたくなりますが実際は逆比例しているのが実態です。核エネルギーを発見したときも、電気エネルギーを発見した時もぬかよろこびして失望してしまっています。これからも、さらに無限のエネルギーを発見してまたおかしくなるのかと恐怖にかられます。つまり文明を追いかけるこころが、もともとまともでないからです。外に解決する目をこころのうちに向けることを知らない為にこの繰り返しをして同じ轍を踏んでいるのです。精神エネルギーの謎解きに、もっと時間と知恵をかけてこそこの迷路を脱出できるのではないでしょうか。その先鞭をとったのが、釈迦であり、イエスであるといえます。この文化遺産を、政治的ではなく、純粋に精神文化遺産として見つめなおすときではないかといえます。もちろん他にも、多くの偉人、賢人がおられます。夫婦が共に暮らすとき、家族が同じ屋根の下で暮らすとき同じ地域社会で暮らすとき、同じ地球上で、暮らすとき何を大切にすることが必要であるのかを心から問い直されているときだと思います。そのための活動を、家庭で学校で地域で国会で真剣に勉強するときだと思います。小さな家庭から、小さな学級から、小さな地域から発信してその芽をそだてることが求められているのではないでしょうか。そのスタートラインはいまの目の前の現実を直視すること、逃げないで向かい合うこと、目先だけでなく将来を見据えたビジョンが問われているといえます。物欲の果てには、枯渇と荒廃が手を空けてまっています。こころの世界は、ハイリスクハイリターンの世界です。つまり紛い物が入り込むというリスクをどう分別するかが求められます。この分別力、判断力をいかに身につけるかが大きな分岐点になるでしょう。そのひとつに、見えないことをいいことに宗教というものがあります。すべてそうだとは思いませんが、実に怖いものを感じさせられるときがあります。

  10. rakunanninn Says:

    人の心を豊かにできるもの、それは……おっぱい

  11. tottokosa Says:

    文明はそれに属する人々の競争力であり、利便や明るさや幸せを示す指数ではありません。アメリカンインディアンは自然と共生し、文化的で幸せな生活を送っていましたが、ヨーロッパの暴力的な文明の前には無力でした。日本や他のアジア文明も同じです。だから私達は彼らに学んで、必要以上に自然を食い物にしながら、自由経済を謳歌しているのです。人の心を満たすものは個々の価値観でしょう。「信頼」「愛」「友情」「真実」がなくても「お金」や「女」に身を任せ、幸せな人も多くいるはずです。「オタク」や「アニメ」、「テレビ」でもいいでしょう。「宗教」や「暴力」で心を満たす人もいます。それらの価値観が属する文明の尺度によって、否定されたり、犯罪であったり、幸せそうであったりするだけです。あなたの違和感は、アダムスミスの唱える経済が何であるか、イスラム銀行とは何かを理解することで多少なり解決されるかと思いました。結局は好きな女を抱いて、家庭を作って、きちんと選挙で投票し、適当な息抜きすることが幸せなのでしょう。

  12. ahkww441 Says:

    あきらかに、文明が豊かさを生んでいます。ニートの存在が典型です。昔は貧しくて、ニートなんていなかった。心の豊かさがどのようなものかは知りませんが、しかしながら、ニートが存在するくらい労働という生きるための行為の時間は減りました。それが浮いた分、心を豊かにするための時間にあてることができると思いますけれど。このように、娯楽やその他生きるため以外の余分で文化的な時間が増えたのは、まぎれもなく、文明の発達によるものです。昔は、そんな暇がありませんでしたでしょう。奴隷など、特に。平均的に、昔の方が忙しく貧しく荒んでいましたよ。

  13. rakunanninn Says:

    あとお金!!キレイごと言ってる場合じゃない。金がらみの犯罪が多い。貧富の差があるから戦争も起こる。私自身?お金に余裕があると心が寛大になる。

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